京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1651号 判決 1985年6月26日
原告
佐々木一郎
被告
京都市
ほか一名
主文
一 被告らは原告に対し各自金九九二万八九〇四円及びこれに対する昭和五六年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し各自金四五〇〇万円及びこれに対する昭和五六年九月一四日から完済まで年五分の割合の金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生(以下本件事故という。)
(一) 日時 昭和五六年九月一四日午後三時頃
(二) 場所 京都市左京区川端通東一条上る付近北行車線路上(以下本件事故現場という。)
(三) 態様 原告は自動二輪車(京都市・中・二五五九〇、以下原告車という。)を運転して、川端通を南から北へ進行してきたところ、当時本件事故現場付近では上下水道敷設工事が行われ、道路の北行車線の西側約一・五メートル部分がその東側部分より七ないし一〇センチメートル低く、その境目が鋭い段差となつており、また工事施工中であることを示す何らの標識も設置されていなかつたため、その段差に原告車のハンドルをとられて転倒し道路上に投げ出された。
(四) 結果
(1) 原告は、本件事故により頭部外傷、硬膜下血腫等の傷害を負い、昭和五六年九月一四日から同年一〇月三日まで小柳病院に、同年一〇月三日から同年一〇月二〇日まで京大病院に、同月二〇日から同年一一月一四日まで京都四条病院に各入院し、その間京大病院において硬膜下血腫の手術を受け、退院後も精神障害が残り、二週間に一度京大病院に、一週間に一度京都四条病院に各通院するほか、月二回西尾クリニツクの往診を受け治療を受けた。
(2) しかし原告は、昭和五八年一月二五日症状固定し、記憶・見当識障害、大小便失禁・失語症等の後遺障害を残した。そのため、原告は、自らの置かれている状況を把握できず、家族の識別もつかない精神状態にあり、大小便は垂れ流し(紙おしめを常用している。)、自立歩行はもちろんのこと、食事、着替え等の日常の所為もできず、寝たきりで常に介護を要する状態である。原告の右後遺症は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表の一級三号に当るものである。
2 責任原因
(一) 被告株式会社清工務店(以下被告会社という。)
(1) 被告会社は、被告京都市(以下被告市という。)の上下水道事業管理者(以下事業管理者という。)が、被告市及び京都府川端警察署長の許可を得て、昭和五六年九月一日から同年一二月一六日までの間、京都市左京区田中上柳町から同区吉田河原町の川端通において上下水道敷設工事を行つた際、事業管理者から右工事を請負い施工した。
(2) 本件事故現場付近の川端通は本来舗装された平坦な道路であるが、被告会社は右工事を施工するにあたり北行車線の西端沿いを約一・五メートルの間掘削し、これを埋戻して仮舗装したが、その際前記段差を生ぜしめ、また本件事故当時本件事故現場付近には工事施工中であることを示す標識は設置されていなかつた。
ところで、本件事故現場付近の川端通の前記段差は車両運転者の走行方向に沿つて同一方向に存在しており、進行中の車両からは認識が困難であり、また原告車のような単車にとつて、前記段差の及ぼす影響は大きく、ハンドルの自由を失つて転倒する等本件事故のような結果を招来する危険が多分にあつた。
(3) 被告会社は、右工事を被告会社従業員によつて行つていたが、右のように段差が車両進行の危険を生ぜしめるおそれがあつたのにも拘らず、被告会社従業員において補修措置等を講ぜず、また段差を通行車両に了知せしめる標識等を設けなかつた過失があり、このため本件事故を発生せしめたものであるから、民法七一五条一項による責任がある。
(二) 被告市
(1) 被告市は川端通の道路の管理者であるところ、右のとおり本件事故現場付近の川端通道路には段差が存在し、道路の通常備えているべき安全性を欠き道路の設置又は管理に瑕疵があつたものというべきであるから、国家賠償法二条による責任がある。
(2) 被告市は右工事を被告会社に請負わせたが、川端通のような交通量の多い道路において工事するに当つては、被告会社に対し前記段差の如き車両進行の危険を生ぜしめることのないように十分に指示監督すべき義務があつたのにこれを怠つた過失があり、このため本件事故が発生したのであるから、国家賠償法一条又は民法七一六条による責任がある。
3 損害
(一) 症状固定日まで(昭和五八年一月二五日以前)
(1) 治療費 三一万九〇〇〇円
(2) 付添費 四八八万八九二〇円
原告は前記のとおり入院し、退院後も精神障害のため大小便失禁等の状況にあり、左のとおり家族又は付添婦が付添つた。
<1> 小柳病院 五六万円
七〇〇〇円×四人×二〇日
<2> 京大病院 二三万八〇〇〇円
七〇〇〇円×二人×一七日
<3> 京都四条病院 三八万七九二〇円
七〇〇〇円×(二人×一〇日+一人×一六日)=二五万二〇〇〇円
一三万五九二〇円(付添婦一六日分)
<4> 自宅 三七〇万三〇〇〇円
(イ) 昭和五七年二月一四日まで
七〇〇〇円×二人×九二日=一八万八〇〇〇円
(ロ) 同月一五日から昭和五八年一月二五日まで
七〇〇〇円×三四五日=二四一万五〇〇〇円
(3) 諸雑費 二二四万七七二三円
<1> 昭和五七年二月一四日まで 一九〇万二七二三円
<2> 同月一五日から昭和五八年一月二五日まで 三四万五〇〇〇円
一〇〇〇円×三四五日
(4) 休業損害 三四三万円
二一万円×一六・1/3か月
(5) 慰謝料 二五〇万円
(二) 後遺症関係(昭和五八年一月二五日症状固定日より以後)
(1) 付添看護費 一八五七万四八五〇円
原告は今後一生付添看護を要するところ、症状固定時満七二歳であり、平均余命年数は九年である。
七〇〇〇円×三六五日×七・二七(九年のホフマン係数)
(2) 諸雑費 二六五万三五五〇円
右同様
一〇〇〇円×三六五日×七・二七(九年のホフマン係数)
(3) 逸失利益 八九七万一二〇〇円
原告は症状固定当時満七二歳であり、平均余命年数の半分の四年は就労できた筈である。
二一万円×一二か月×三・五六(四年のホフマン係数)
(4) 慰謝料 一六〇〇万円
原告の後遺症は前記のとおり極めて重大なものであり、死にも匹敵するものであり、右金額が相当である。
(三) 弁護士費用 三七七万円
本件は、被告らが全面的に争うため原告において訴訟提起を余儀なくされたものであり、事案も複雑であるので、右金額が相当である。
4 原告は被告ら各自に対し右損害合計六三三五万五二四三円の内金四五〇〇万円及びこれに対する本件事故日である昭和五六年九月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否及び主張
(被告会社)
1 請求原因1の事実のうち原告が本件事故により頭部外傷、硬膜下血腫等の傷害を負つたことは否認し、その余は不知。
同2(一)の事実のうち(1)は認め、その余は否認する。
同3(一)の事実のうち(2)<4>(ロ)、(3)<2>は否認し、その余は不知。
同3(二)の事実は否認する。
2(一) 被告会社が本件事故現場付近で上下水道敷設工事を施工した際、道路を掘削し、これを埋戻し転圧したうえ仮舗装したが、相当多量の車の交通があるため沈下ないし歪を生ずる路面部分ができることは避け難く、本件事故当時本件事故現場道路上の仮舗装部分と既設路面との境目に一・五ないし二センチメートル程度の段差(仮舗装部分が低い)が生じていたものであり、少なくとも三センチメートル以上の高低のある段差は生じていなかつたものである。そして右段差は軽微で、しかも湾曲した形状のものであつたから道路交通上の危険は低く交通に支障をきたす程度のものではなかつたものである。そのうえ右段差は車両の走行方向に沿つて一直線に一定の長さで存在し、その境目も仮舗装部分が黒色で、他方既設路面がやゝ白色であつたから一目瞭然に分る状態にあり、通常の運転経験を有するものであれば運転者として通常の注意義務さえ尽くせば右段差を容易に発見しえ転倒事故など発生する筈がなかつたものである。
従つて右段差は営造物が通常有するべき安全性を欠いていたものとはいえず(なお被告会社は「工事中につき車線減少注意」の標識も設けていた。)、被告会社には道路管理上の瑕疵はなく、却つて本件事故は専ら原告の注意義務を欠いた前方不注視並びに左側端寄りを通行しなかつた過失による自損行為により招来されたものというべきである。
(二) 仮に右段差が道路管理上の瑕疵に該当するとしても、原告は本件事故当時七〇歳を過ぎた老人であつたが、本件事故以前から脳萎縮等により硬膜下水腫の存在した可能性が高く、また糖尿病に罹患していたのであるが、そのほか高血圧や動脈硬化症等の老人性疾患にも罹患していた可能性が高いところ、本件事故当時の道路、原告の転倒状況から考えると本件事故直前右疾患による片麻痺、腱反射亢進等の症状が突然発現して手の握力を失うか、あるいは意識を喪失する等としてハンドルをとられ転倒したものとみることができる。従つて本件事故は原告自らがその心身状態の故発生させたものというべきであるから、右段差の存在と本件事故との間には因果関係は存しない。
(三) また原告には本件事故前より右のとおり硬膜下水腫の疾患があつたところ、本件事故はいずれも発病したであろう慢性硬膜下血腫をたまたま誘発したにすぎないものであるから、本件事故と原告の後遺障害との間には因果関係は存しない。
(四) 仮に被告会社に責任があるとしても、本件事故発生については原告にも前記(一)記載のような過失があつたから、これを賠償額の算定に当つて斟酌すべきである。
(被告市)
1 請求原因1の事実のうち原告が本件事故により頭部外傷、硬膜下血腫等の傷害を負つたこと、昭和五八年一月二五日症状固定し、記憶・見当識障害、大小便失禁、失語症等の後遺症を残したことは否認し、その余は不知。
同2の事実のうち(一)(1)は認め、(一)(2)、(二)は否認する。
同3(一)の事実のうち(2)<4>(ロ)、(3)<2>は否認し、その余は不知。
同3(二)の事実は否認する。
2(一) 被告会社は被告市から請負い上下水道敷設工事並びにこれに伴う道路工事をなしたが、本件事故現場の右工事による仮舗装部分と既設路面に一ないし二センチメートル程度の若干の段差が生じることはありえるし、仮に二ないし三センチメートルの段差があつたとしても、右程度の段差は走行車両にとつて交通上危険なものではなかつた。また仮舗装部分は既設路面に比べ黒色であり段差は一見して明瞭な状態にあつたのであるから、本件事故当時車線減少注意の標識が設けられていた如何に拘らず右道路を走行する車両の運転者としては段差の有無に注意し速度を落しハンドル操作を的確にすれば容易に転倒を回避できたものである。
従つて、被告市には道路の管理に瑕疵はなく、却つて本件事故は原告自らの右注意を怠つた過失により発生したものというべきである。
(二) 地方自治法二三四条の二第一項の規定によれば普通地方公共団体が工事請負契約を締結した場合当該地方公共団体の職員は契約の適正な履行を確保するため又はその受ける給付の完了の確認をするため必要な監督又は検査をしなければならない。ところで被告市は右規定に基づき本件工事現場に監督員を常駐させたが、監督員の工事監督と検査義務の範囲は請負人をして設計図書を忠実に履行せしめることとその工事施工が設計図書に適合しているかを検査することにあるところ、本件工事は設計図書どおり行われていたので、監督員は工事現場で注文又は指図にあたる行為を全く必要としなかつた。他面段差が生じないように仮舗装することは被告会社の請負工事の範囲に属する事柄であるので、仮舗装に段差があつたとしても被告市にはそのような請負人の施工上の瑕疵までの監督責任はない。
従つて被告市には注文又は指図につき過失はなかつたし、本件事故については何らの責任もない。
(三) 原告には本件事故以前より潜在的身体的疾患である硬膜下水腫があつたところ、本件事故の頭部打撲により硬膜下血腫を誘発した。ところで原告の当初の入院先である小柳病院は近時頭部打撲の際コンピユーター断層撮影法による検査をまずなすのが医界の常識になつているところ、これを有さなかつたため他の治療方法を継続したが、コンピユーター断層撮影の設備がなければこの設備のある病院に速やかに転院させこの方法による検査を受けさせていれば直ちに硬膜下血腫を発見しえ原告の現在のような重症を防止しえたのに、これを怠つた。原告の右潜在的身体的疾患と小柳病院の重大な医療過誤のため原告に現在のような重篤な症状を招来した。従つて本件事故と原告の現症状との間には因果関係は存しない。
なお仮に被告市に責任があるとしても小柳病院に重大な医療過誤があるところ、共同不法行為の成立範囲としては全部連帯説よりも一部連帯説が合理的であるのでこの見地から賠償範囲を定めるのが相当である。
(四) 仮に被告市に責任があるとしても、本件事故発生について原告にも前記(一)記載のような過失があるからこれを賠償額の算定に当つて斟酌すべきである。
三 被告らの主張に対する原告の認否
争う。
第三証拠
証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからここに引用する。
理由
一 本件事故の発生
いずれも成立に争いのない甲第一、二号証、乙第五号証、原告特別代理人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証、同第一八一号証の二、三右尋問の結果により佐々木邦享が昭和五六年九月一五日本件事故現場付近を撮影した写真であることが認められる検甲第一、二号証、同じく同月一六日本件事故現場付近を撮影した写真であることが認められる同第三号証(検甲第一ないし三号証いずれも被告市との間では撮影者、撮影年月日、撮影対象共争いがなく、被告会社との間では撮影対象につき争いがない。)、証人加川政司の証言により同証人が同月中旬頃本件事故現場付近又は配水管敷設工事の状況を撮影した写真であることが認められる検乙第一ないし八号証(撮影対象については争いがない。)、証人湯川直和、同加川政司、同清一幸の各証言及び原告特別代理人尋問の結果によれば、原告は、原告主張の日時頃ヘルメツトをかぶり原告車(自動二輪車、京都市・中・二五五九〇、長さ一・九メートル、幅〇・七六メートル、高さ〇・九五メートル)を運転して、その主張の場所付近道路を時速約四〇キロメートルで南から北へ直進中、車道上にあつた段差に原告車車輪を接触させ、そのためハンドルをとられ運行の安定を失つて転倒し受傷したこと、ところで本件事故現場付近は被告市管理にかかる市街地を南北に通ずる交通量の多い通称川端通であるが、車道は中央に幅約二メートルの中央分離帯が設けられ、片側二車線(いずれも歩道寄りの車線の幅員約四メートル、中央分離帯寄りの車線の幅員約三・五メートル)の直線アスフアルト舗装からなり、その両側には歩道があること、本件事故当時本件事故現場付近では上下水道敷設工事が施工されていたため、西側歩道寄りの車道上(歩道寄りの車線内)には幅約一・五メートルの仮舗装部分が本件事故現場のやや南側の地点から北方に向かい直線の状態で存在していた一方、仮舗装部分は本件事故現場のやや南側の地点から車道東端付近へ斜めに曲りそこからさらに車道上を直線の状態で南方面へ存していたこと、原告車の転倒地点は西側仮舗装部分南端曲り角地点からやや北方の仮舗装部分東端と既設道路との接続部分であること、なお当時右仮舗装部分は黒つぽい色を呈し、他方既設路面は白つぽい色を呈していたので両者は概ね明瞭に識別できたこと、本件事故後間もなく京都府川端警察署により実況見分が実施されたが、その際既に西側仮舗装部分南端の曲り角付近から北側約五、六メートルにわたり仮舗装部分の段差の補修工事が完了していたがその北側の未補修地点付近から北にかけて仮舗装部分東端と既設道路との接続部分には直角に切れ込んだ状態のほぼ同様の段差が続いており(仮舗装部分が既設路面より低い)、同署員が実測したところによると原告車の転倒地点付近の段差は三センチメートルあつたこと、また原告車の後続車の運転者で本件事故の目撃者である湯川直和の目測による本件事故直後の原告車の転倒地点付近の段差は約四センチメートルあつたことが認められ、証人清一幸、同加川政司の各証言、原告特別代理人尋問の結果及び甲第一八一号証の三中右認定に抵触する部分は直ちに採用し難く、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
右事実によると、本件事故当時本件事故現場周辺には仮舗装部分が既設道路より低くなつた約三センチメートル程度の段差があり、原告車の転倒地点にも少なくとも約三センチメートルの段差があつたものと認められる。
二 責任
1 被告会社
被告会社は事業管理者が被告市及び京都府川端警察署長の許可を得て昭和五六年九月一日から同年一二月一六日までの間京都市左京区田中上柳町から同区吉田河原町の川端通において上下水道敷設工事を行つた際、事業管理者から右工事を請負い施工したことは当事者間に争いがなく、前掲甲第二号証、同第一八一号証の二、三、乙第五号証、成立に争いのない丙第一号証、前掲検甲第一ないし三号証、検乙第一ないし八号証、証人湯川直和、同加川政司、同清一幸、同沼上正人の各証言によれば、被告会社は右上下水道敷設工事を山内建設株式会社(以下山内建設という。)に下請けさせ、山内建設は被告会社から工事現場責任者として派遣され常駐していた被告会社の取締役清一幸の全般的な指揮監督のもとに右工事を行つていたこと、同時に被告市水道局の係員も監督員として現場に常駐し右工事の全体的な監督、検査をなしていたこと、右工事の区間は前記仮舗装部分曲り角付近から北方の出町柳付近までであり、右工事は同年九月初旬に右曲り角付近から北方へと進められたこと、右期間中の工事の工程ないし方法は、通常午前八時半頃工事を始め道路を地下約一・八メートルにわたり掘削し水道管を敷設した後、掘削部分に土砂を埋め戻し機械で転圧したうえ仮舗装して仮復旧し午後五時頃工事を終える繰り返しであつたこと(なお本舗装は後で別の業者が施工することとなつていた。)、仮舗装締了後は車両を通行させていたが、相当多量の車両の交通により仮舗装部分に凹みや段差等が生じることを避け難かつたこと右清及び山内建設従業員らは仮舗装終了後終了した場所を朝、夕各一回巡回して点検し、必要な個所があれば補修等をなしていたこと、右清及び山内建設従業員らは、本件事故日の一〇日程前に本件事故現場付近の水道管敷設工事を施工し仮舗装を締えていたが、その後の車両の通行等も相俟つて本件事故現場付近及びその周辺には仮舗装部分が沈下等して既設路面との接続部分に段差等が生じ、本件事故日の二日前に右段差等の補修工事の必要を認め本件事故日にこれをなす予定であつたが、速やかに右補修工事がなされないうち本件事故現場で本件事故が起つたこと、右清及び山内建設従業員らは本件事故当時は前記仮舗装部分曲り角付近より数百メートル北方の川端通の今出川付近で工事をなしていたが、本件事故後間もなく事故を知り本件事故現場(転倒地点)付近の前記一認定の段差等の補修工事をなしたこと、また右清らは本件事故当時本件事故現場南方の東一条交差点付近に「車線減少注意、一〇〇米先、工事中」との標識を設置していたが、本件事故現場付近には段差があることを知らせる標識は設置されていなかつたことが認められ、証人清一幸、同加川政司、同湯川直和の各証言及び甲第一八一号証の三中右認定に抵触する部分は直ちに採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実に前記一認定の事実を勘案すると、本件段差は後記二2記載のとおり道路交通上危険なものであつたところ、右清及び山内建設従業員は道路面を掘削したときはその完全な復旧をなし仮にも本件段差のような道路交通上の危険を生ぜしめることのないような注意義務があり、また復旧工事が完全になしえなかつた場合には工事後完全な復旧までの間同所を通行する車両に対し道路の危険(本件段差)を表示し注意を喚起するための適切な標識等を設置すべき義務があるところ、いずれもこれを怠つた過失があるものというべきである。そして被告会社は、山内建設従業員に対し指揮監督関係が直接間接に及んでいたものと認められるので、右従業員と使用関係が存するものといえるところ、被用者である右清及び右従業員らが被告会社の業務を執行中本件事故を発生させたものである。
そして原告にも後記四7記載のとおり本件事故発生につき過失が存するとしても、右清及び山内建設従業員の過失によつても本件事故は生じたものであるから、被告会社は民法七一五条に基づき後記のとおり本件事故と相当因果関係のある原告の損害を被告市と共に賠償すべき義務がある。
2 被告市
被告市が本件事故現場の道路を市道として管理していること、右市道は交通量の多い市街地のアスフアルト舗装道路からなること、被告市が所定の手続を経たうえその請負業者である被告会社が本件事故現場付近の上下水道敷設工事を施工していたこと、右工事施工等により本件事故当時本件事故現場及び周辺に原告車の進行方向に並行して直線状態で直角に切り込んだ状態の約三センチメートル程度の段差が生じていたこと、被告市派遣の係員が常駐して工事現場を監督していたにも拘らず本件事故当時右のような段差の速やかな補修がなされず放置されたままの状態にあり、また段差を知らせる標識等の適切な安全措置も施されていなかつたことは前記一、二1認定のとおりである。
右のような段差が交通量の多い市街地のアスフアルト舗装道路上に存することは、運転技術のまちまちな運転者の種々の車両の走行が通常予想される本件道路にあつては、車両殊に走行の不安定な自動二輪車の運転者にとつて交通の危険が大きかつたものであるから、本件道路は通常備えるべき安全性を欠いていたものといえ、ひいては道路の管理に瑕疵があつたものというべきである。
もつとも証人沼上正人の証言によれば、被告市から監督員として現場に派遣され常駐していた係員において請負業者である被告会社により工事契約書や設計図書どおり施工されているかの確認、点検並びに巡回等をなしていたことが認められるが、このような一般的な管理を施していたことのみでは、前記事実によると道路管理者において右道路の危険性を速やかに除去するよう改善すべきであり、しかも改善又は危険防止の措置を講ずることが不可能でないのにこれを放置していたものであるから、被告市は道路管理の瑕疵を免れることはできないものというべきである。
そして原告にも後記四7記載のとおり本件事故発生につき過失が存するとしても、本件事故は右道路の瑕疵によつても生じたものであるから、被告市は国家賠償法二条一項に基づき後記のとおり本件事故と相当因果関係のある原告の損害を被告会社と共に賠償すべき責任がある。
三 原告の傷害、後遺症
前掲甲第三号証、いずれも成立に争いのない乙第一ないし三号証の各一、原告特別代理人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四ないし七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一ないし三号証の各二、右尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故により頭部外傷Ⅲ型、硬膜下血腫等の傷害を負い、小柳病院に昭和五六年九月一四日に入院し、当初頭蓋内血腫を示唆する明らかな症状がなかつたため同病院で安静、脳細胞賦活剤投与、脳圧亢進・脳浮腫改善等の保存的治療を受けたが、意識状態・見当識の改善がみられないことから同年九月三〇日に京都四条病院でコンピユーター断層撮影法による検査を受け、その結果硬膜下血腫が確認されたこと、そこで原告は同年一〇月三日から小柳病院を退院し京都大学医学部附属病院脳神経外科に慢性硬膜下血腫の病名で入院し両側穿頭術の手術を受け同月二〇日に退院したこと、なお原告がより早期に右手術を施行されたとしても余後への影響は然程相違はなかつたものと考えられること、次いで原告は京都四条病院に頭部外傷(Ⅳ)、硬膜下血腫後遺症等の病名で同月二〇日から同年一一月一四日まで入院し、退院後は自宅で療養をなしながら同月一五日から同年一二月五日まで同病院に通院して治療を受けた(内治療実日数四日)こと、さらに原告は西尾医院に同月一一日から頭部外傷後遺症の病名で通院して治療を受けたが(内症状固定日までの治療実日数三六日)昭和五八年一月二五日両下肢反射消失、脱力、失語症、大小便失禁、見当識障害、感情失禁等の症状を残して固定し、受傷以来殆ど自力での身体の移動、排尿・排便(おむつを常用している。)、食事、入浴等の行為ができず寝たきりで常に他人の付添介護を要する状態が続いていて、このような原告の状態は将来も回復の目処のないこと、ところで京都大学医学部附属病院脳神経外科の意見では、慢性硬膜下血腫とはある程度脳萎縮等により硬膜下水腫の状態にある患者が頭部を受傷した際、軽微な出血を生じその時点では臨床症状を示さないが、時期を異にして(通常三週ないし三か月後)再び出血を生じ臨床症状を呈する病態であるところ、原告の慢性硬膜下血腫は本件事故の外傷が契機となつていると考えられるが、本件事故より以前に硬膜下水腫の存在していた可能性があり、これが本件事故の外傷により出血を招来したものと考えられるとされていることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右症状の経過並びに本件事故の態様に照らせば、原告は本件事故前から硬膜下水腫の持病ないし体質を有していたところ、これを基盤とし、本件事故による頭部打撲が直接の契機となり、これらが競合して右認定の症状を誘発・増悪させているものと推認されるところ、原告の全損害に対する本件事故の寄与度は六割と認めるのが相当であるから、その限度で本件事故と相当因果関係を肯定すべきである。
なお被告会社が本件事故の際原告の硬膜下水腫等の持病が発現したとする点、被告市が小柳病院の医療過誤を主張する点はこれを肯認すべき証拠はない。
四 損害
1 治療費
原告特別代理人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第八ないし二一、一四五号証及び右尋問の結果によれば、原告は本件事故による前記受傷のため治療費として合計三一万四〇〇〇円を要したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二二、三七、四九、一四六、一五〇、一七六ないし一七九号証及び右尋問の結果によれば、原告は文書料として金員を支払していることが認められるが、その必要性が明らかでないので、これを損害として認めない。
2 付添費
前記三認定の原告の傷害の部位程度に、前掲甲第三ないし七号証及び原告特別代理人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二三号証、右尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告の症状は本件事故日以来重篤で常に付添看護をなす必要があり、そのため原告の入院中は勿論退院後自宅療養に入つてからも展告の妻、娘らの近親者のうち二人以上が交替して常時付添看護に当り、昭和五七年一月頃からは原告の二男の妻が看護婦の勤務を辞め原告の妻と共に専ら原告の付添看護に当つていること、なお京都四条病院入院中の昭和五六年一〇月二五日から同年一一月九日までの一六日間は原告の近親者が付添つたほか職業付添婦に依頼して付添看護に当らせ合計一三万五九二〇円を支払つたことが認められる。
本件事故発生日である昭和五六年九月一四日から原告が入院していた同年一一月一四日までの六二日間のうち職業付添婦が付添看護をした期間一六日(なおこの間はその実費相当額を損害とみる。)を除く四六日間の近親者の付添看護費としては一日当り七〇〇〇円、退院後自宅療養に入つた同月一五日から症状固定日である昭和五八年一月二五日までの四三七日間の右付添看護費としては一日当り三五〇〇円を相当とするから、右期間内の付添看護費の損害は合計一九八万七四二〇円となる。
(700×46)+13万5920+(3500×437)=198万7420
3 諸雑費
前記認定の六二日間の入院期間中の入院雑費としては一日当り一〇〇〇円を、また退院後症状固定日までの自宅療養中の四三七日間は諸雑費(おむつ、寝具代等)として一日当り五〇〇円を相当とするから、右期間内の諸雑費の損害は合計二八万〇五〇〇円となる。
(1000×62)+(500×437)=28万0500
なお原告はその他の諸費用については個別的に主張をしないので損害として認めない。
4 将来の付添看護料、雑費
前記三認定のとおり原告は寝たきりで日常生活上の基本的な行為全般にわたり常に他人の付添介助を要する状態にあり、終生このような状態が続くものと考えられ、また前掲甲第七号証によれば、原告は明治四三年四月一二日生まれの男性で症状固定日当時満七二歳であつたことが認められ、経験則上原告は症状固定日の翌日以降少なくとも九年間(昭和五五年簡易生命表七二歳男子の平均余命年数。但し年未満は切捨)存命するものと予想されるところ、前記四2認定の事実によると今後も原告の近親者により自宅でその付添介助が行われていくものと考えられるが、一日当りの付添看護費として三五〇〇円、一日当りの諸雑費として五〇〇円の計四〇〇〇円の出費を免れないものと推認されるので、右九年間の付添看護費・雑費相当の損害額を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると一〇六二万五八八〇円となる
(算式)
4000×365×7.278=1062万5880
5 逸失利益
(一) 休業損害
原告特別代理人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一八二号証の一、二及び右尋問の結果によれば、原告は本件事故当時悉皆業を営む株式会社ささきの代表取締役として勤務し一か月二一万円の給料を得ていたが、本件事故による前記受傷のため本件事故の翌日以降終生稼働不能となつたことが認められる。
そうすると原告は本件事故による休業損害として次のとおり合計三四三万一三五四円を被つたことが認められる。
(算式)
昭和56年9月15日から昭和58年1月25日まで
(21万×16/30)+(21万×15)×(21万×25/31)=343万1354
(1円未満切捨、以下同じ)
(二) 後遺症による逸失利益
前記認定のとおり原告は症状固定当時満七二歳であつたところ、本件事故に遭わなければ七六歳まで四年間前記金額程度の収入(月二一万円)を得続けることができたものと推認されるが、前認定の後遺症の内容程度に照らすとその間稼働能力を全く喪失したものと認められるので、同額を基礎とし新ホフマン方式により中間利息を控除して右四年間の逸失利益の本件事故当時の価格を求めると、その金額は八九八万一二八〇円となる。
(算式)
21万×12×3.564=898万1280
6 慰謝料
前記認定の本件事故の態様、傷害の部位程度、治療経過、後遺症の内容その他諸般の事情に鑑みると、原告が本件事故により受けた精神的苦痛に対する慰謝料額は一二〇〇万円と認めるのが相当である。
7 過失相殺
前記一認定のとおり本件事故現場の道路の段差は僅か約三センチメートルであつたこと、また右段差は原告車の進行方向に沿つて直線の状態で並行していて、かつ本件事故当時は昼間で仮舗装部分は黒つぽい色である反面既設道路は白つぽい色であつたからその境目も比較的明瞭に識別できる状態にあつたものと思料されること、そのほか本件事故現場手前には工事中の標識が存したこと、原告は本件事故現場付近を時速約四〇キロメートルでそのまま進行していること等を合わせ考慮すると、原告は常に前方を注視するのは勿論進路前方に障害物があるときは直ちにこれを回避しうる速度と方法で進行して障害物との接触を避けるべき注意義務があり、この義務を十分に尽くしておれば、本件段差を比較的早期に発見しえ本件事故を回避する余地もあつたといえるところ、右義務を怠つた過失により本件事故を招いた一面もあるものというべく、その他本件事故の状況を総合考慮すると原告の賠償額の算定に当つては原告の過失割合を六割として過失相殺をするのが相当である。
8 損害からの控除
前記のとおり寄与度減額(四割控除)と過失相殺(六割控除)の各事由が認められ、右各事由はそれぞれその根拠を異にするから、原告の前記損害合計三七六二万〇四三四円から順次控除して算定すると、九〇二万八九〇四円となる。
9 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の提起追行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の報酬の支払を約していることが認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等に鑑みると、原告の求めるべき相当因果関係のある弁護士費用の額は九〇万円と認めるのが相当である。
五 結論
よつて原告の本訴請求は被告ら各自に対し九九二万八九〇四円及びこれに対する本件事故日である昭和五六年九月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小山邦和)